| 2005年度ツアー第1戦・μカップin大阪観戦記 |
| 麻将連合ツアー選手・黒田涼子 |
| ■ルール リーチに対する一発・裏ドラなし 順位点はトップから順に+12・+4・▲4・▲12 |
| 決勝戦 |
| 準決勝までのポイントは、起家から内田慶ツアー+72.6、戸構亮ツアー+57.2、奥屋敷敬二ツアー+47.1、忍田幸夫プロ+58.8。 2位以下を14ポイント以上離している内田ツアーはラスさえひかなければ優勝が狙える有利な位置。戸構ツアー、忍田プロはともに内田ツアーを2順位下に沈めるのが目標。奥屋敷ツアーは自らがトップになり、内田ツアーをラスにしたいところ。 前日の予選で敗退し、勉強させて下さいと志願して決勝の採譜係になった私が採譜を担当することになったのは奥屋敷ツアーだった。誰が言ったか、「くろこが採譜をした人間はラスになる」というジンクスがある。だけど自称「負け犬レディース」の私が(注:私はまだ負け犬軍団にも入れてもらえていない。)採譜するのは同じ軍団の大先輩の奥屋敷ツアーしかいないだろ!ってわけで、ちょっと意気込んで採譜の準備。 奥屋敷ツアーに「採譜させていただきます」とご挨拶すると「よろしく頼むわ」と優しく応えて下さった。 東1局、内田ツアーが最も悔やむ局。 9巡目、 ここから安全牌(とおそらく思って残したであろう)の まさに内田ツアーのアガり逃しの巡目にアガったのが戸構ツアー。 この半荘、終始戸構ツアーの打牌には、4月28日の内田ツアーの日記の言い回しを借りれば「旨いラム肉を提供しようという意識」があふれんばかりに見られたように感じた。 指先の小さな震え。ツアー選手の中では比較的打牌速度が速い彼が、一打一打、丁寧に河に牌を置く様はなんだか美しかった。 戸構ツアーのテンパイ打牌はドラである 同巡、忍田プロは ここに戸構ツアーの入り目である それに対し、その2巡後にも この形で 奥屋敷ツアーの思いに手牌が応えたのがオヤ番である東3局。 配牌でトイツであったダブ東を2巡目にはアンコにし、4巡目にはイーシャンテン。 5巡目に南家忍田からリーチがかかるが、既に場に2枚切れだったカン この3900オールで奥屋敷ツアーがトップ目に立つ。 その後、局は進み、オーラスを迎えて全員が優勝を狙えるポイント。 奥屋敷ツアーはアガれば優勝、戸構ツアーは1000点を奥屋敷ツアーから直撃か他からの2000点出アガり、または400・700のツモアガりで優勝。3着目の忍田プロはラス親につきアガれば可能性は十分、ラス目の内田ツアーも1300・2600ツモで優勝。 忍田プロ、内田ツアーがテンパイを入れることができない中、まず8巡目に奥屋敷ツアーがテンパイ。 この時点で 役ありになる 続けてツモった 次巡、6巡目に 採譜者は感情を少しも表してはいけない。普段から表情が豊かな上に未熟者の私はそのために終始わざと無表情を心がけていた。育成会時代に私に採譜を教えて下さった恩師の1人である忍田プロの前だから、なおさらだ。 だけど奥屋敷ツアーのツモってくる途中の牌が指先で隠されていない部分でマンズであると分かるたび、心はドキドキ。 ふと見ると、戸構ツアーの採譜をしている石原ツアーの顔も苦しそうにゆがんでいる。 17巡目。奥屋敷ツアーのツモってきたワンズは・・ 「俺はな、強いんや。」打ち上げの席でつぶやく奥屋敷ツアー。闘う相手を食い殺そうとするような静かな凄みがある。きっと「私はまだまだだ」、「私は弱い」、そう言う方が簡単だ。「私は強い」そう言ったとき、負けたときの自分はただただみにくく、ひとりぼっちで、救いようのないものになるから。 「俺の配牌の取り方独特やろ。ゆっくり理牌するねん。配牌書きづらかったやろ。あれはな、自分のツモ筋に何があったかを見てるんや。ずっとそうしてて直らへんのや。」奥屋敷ツアーが私に色っぽい秘密をひとつ教えてくれた。周りの人には意味のないことに思えることでもいい。麻将競技者として、大切にするものがあるからこそ、明日へと生きていける。 そんな心から好きで、尊敬する大先輩の初優勝を一番近くで目の当たりにできた私は幸せ者だ。 奥屋敷さん、また巡りあわせがあったなら、どうか私に記録をさせて下さいね。 |