2004年度ツアー第7戦・μカップin横浜観戦記
麻将連合ツアー選手・三原孝博
決勝戦
起家から藤城康雄(一)49.0、忍田幸夫(P)48.9、穴澤晃一(一)68.7、石原真人(T)49.5

 穴澤が頭ひとつ抜け出していて、残りの3人は横並び。穴澤はトップなら無条件で優勝、2着でもトップとの点差によっては優勝。残りの3人は穴澤を3着以下に落としながらトップを取りたいところ。

 様子見のような1翻手の応酬が3局続いた後の東3局その1(ドラ)に点数が大きく動いた。
 をポンした藤城に対し、ドラ入りタンピン系のイーシャンテンになった忍田がをかぶせると藤城はこれもポン。不穏な空気が場に流れる。
 即、をつかんだ忍田は撤退を余儀なくされ、変わって前に出てきたのは石原だった。ふたつポンして、
  
 なんとか捌きたいところだが、ツモ切ったを藤城にチーされた。さらに、もツモ切りでハネ満の放銃。
    ロン
 このアガリで藤城はもちろん忍田も多少楽になった。今までは、トップを狙いつつ穴澤を3着以下に落とすことがテーマだったが、この大物手によってトップを捲くりさえすれば自動的に穴澤を3着以下に落とせるのだ。

 勇み足となってしまった石原だが、彼の良いところは、こういったところにくよくよしないところである。次局迎えた親番ではタンピン系の手牌を丁寧にまとめて8巡目リーチ。9巡目にツモアガリ。
 ツモ ドラ
 あっさりと前局の失点を取り戻した。

 東4局その2は藤城がリーチ・ツモ・南の1300・2600のツモアガリ。

 南入した時点での持ち点は、藤城40700、忍田25200、穴澤25700、石原28400となった。

南1局その1 ドラ
 西家・穴澤がドラのを暗刻にし、大チャンスを迎えたが、ダブをポンした忍田が700・1300のツモアガリ。

 これで忍田は27900点、トップ藤城とは11500点差。南2局の親番でどれだけ差を縮められるか。

 まず、その1は穴澤からタンピンの2900。その2は穴澤のリーチをかいくぐってピンフの1500プラスリーチ棒を穴澤から。その3は藤城の仕掛けを受けてリーチで反撃。
 ホップ・ステップと来ればジャンプが相場。3巡後の「ツモ」の発声には忍田の手牌が見えない多くの人が高得点を予感したと思うが、申告された点数は「1000オール」。
 しかし、次局のその4では力強く3900オール。
 そうだった、そうだった。この人、大きくジャンプする前には1回屈伸するんだった。以前、ダイアリーに書いてあったっけ。

 冗談はともかく、このアガリで忍田は断トツの48000点、親番のない2着の藤城が34500点だから相当有利な立場になった。

 文章にすると、あっさり逆転したように見える。実際に見ていてもそうだった。ただ、この「簡単に見える」ということがいかに大変なことか。
8割の人が正解を出せる程度の問題でも10問連続で正解を出せる人はほとんどいない。10問連続で正解を出そうと思ったら、より1問ごとへの精度を高めていかねばならない。
 こういった精度の高さとひきだしの多さが忍田の強さではないだろうか。

 決め手となった3900オールはこうだった。
 ドラ
 6巡目にこのイーシャンテン。次巡をツモ切った。はドラ表示牌を含め2枚見えている。ならば役なしで目一杯に構えるより、ツモからタンヤオへの変化を残すということか。
 8巡目にをツモって役なしながらテンパイ。下家の穴澤から役牌仕掛けが入っており、自身も点数上追いかける立場ゆえ、押さえつけるリーチをかける人も多いだろう。しかし、忍田はヤミテンを選択。
10巡目にドラのをツモって打でテンパイ外し。13巡目にツモでテンパイに復帰し、14巡目に即でツモアガリ。

決して奇抜な選択があったわけではない。が、同じ結果になる人は多くはないのではないだろうか。

穴澤の足も止まった今、逆転の可能性が残っているのは石原。2000点、2600点とアガって迎えたラス親では、
リーチ・ツモ・ドラ1の2000オールを2連発。
 特にふたつ目は、
索 ドラ
から切りリーチでツモ。これで忍田とは4600点差。逆転を匂わせるのに十分なアガリである。

さらに、その3ではドラ3のイーシャンテン。
 ドラ
 長引いたが15巡目にを引いてリーチ。これをアガれば昨年に続くイン横浜連覇は目前だが、惜しくも流局。
 次局は忍田に手が入った。4巡目テンパイで6巡目にツモアガリ。
 ツモ ドラ

 これで忍田は原と並ぶμカップ4勝目。
 μ発足時、代表を除くと唯一プロ認定された忍田は今でも皆の先頭に立つリーダーである。
準決勝へ